気がついたら秋になっていた
前のブログから、一ヶ月半。追われる仕事が一段落して、出かける予定もないし、というので、ひさしぶりに「あやの里だより」さんと対面しました。
忙しかったんです。80歳になったというのにねえ。いやです、困ります、と言っても、仕事が来る。自業自得なんですけど、このごろはもう腹をくくって、死ぬまでやるしかないか、なんて思っています。平和を残すための仕事ですからね。
小冊子の編集の仕事とか、市民活動のさまざまな文書をつくる仕事です。
これまで、わたしの大好きな日本国憲法さまのもとで、戦争なしに暮らしてこれたんですから、その恩返しですかねえ。
でも、「もうすぐ死ぬんだから」、そんなに長い間じゃあありません!
忙しいって言ったって、ちゃんと面白いドラマは見ています。
先だって、NHKのBSの5回連続ドラマで、『もうすぐ死ぬんだから』というのがありました。
最近録画機を買ったので、夜遅い番組もみられるようになりました。
深夜のいいドキュメントも、見られるようになったんです。
三田佳子扮する78歳の主人公が、急死した夫の死後、なんと、夫がもう一つの家族を持っていた、という衝撃の事実に見舞われます。
とても仲のいい夫婦で、夫は、妻を大事にしてくれたし、「不倫」など、毛ほども疑う余地がないような人だったのに。
その隠し妻は、夫の、若くして死んだ親友の妹だったんですね。
でも、じくじくしたお話じゃなくて、裏切られた主人公は、決然と夫と「死後離婚」して、そのあと、変な成り行きで、なんと隠し妻とその息子(もう大人です。)とも和解していくという、とても痛快なお話なんです。
(ちょっとできすぎた話ではあるのですけど。ふつうだったら、隠し妻と対面したら、修羅場になるところですよね。)
とまれ、夫だって生涯秘密を守って、好きなように生きた、自分も「もうすぐ死ぬんだから」やりたいように生きることにするんです。そして、息子が親から引き継いだ酒屋で、「角打ち」という、立ち飲みのお客の接待の仕事を始めることになる、という物語。
わたしのやりたいことはなんでしょうね。
まあ、やりたいことをやってきましたので、これまで通り、なんとか体が動く限り、やれることをやっていく、ということでしょうかね。
でもね、新しい、たのしいことも始めましたよ。「畑」です。
7月11日のブログ「梅雨と畑とホタルの巻」に、玄関前で畑を始めた、ってちょっと書いたんですが、足の悪いわたしにとって、玄関前菜園は大成功。
小さな畑ですが、とても立派な収穫がありました。
まだトマトは、毎日少しずつ赤くなります。玄関のすぐ前のトマトは、ジャングルのように茂りました。(写真右)
シシトウも毎日少しずつとれます。
ナスは、あまりとれなくなりましたが、もう少しの間とれそうです。
キュウリとウリは、寒くなっておわりました。けっこうとれたんですよ。
これに味をしめて、草っ原になっている庭に、大根の種をまきました。斜面なので、畝もつくらないでいいらしい。種をまくところだけ、草を刈りました。
大根葉が少し大きくなっていますが、何しろの山なので、いつも鹿がピーピー鳴いています。鹿に喰われないように、家のそばに転がっていた、道ふさぎなので切り倒してある竹を、大根畑の周囲に置きました。
ほんとうなら、鶏をかいたいところですが、こんなにヨボヨボになってしまっては、無理なようです。来年はもっと衰えているでしょうからね。とても残念ですが。
実家の「あやの里」で飼っていた鶏は、ものすごく元気で、人懐こい鶏たちでした。わたしが庭に出ると、寄ってくるんです。鶏にも「心」がありますよ。
枝豆をつくっていると、近くの友人に聞いたので、来年は枝豆もつくろうと、むらむらと意欲がわいてきました。(なにしろ7食い意地が張っていますからね!)
畑って、ちっとも忙しくないんですよ。草もぼうぼうでもいいし、肥料もやらないし、それでも、実ってくれる。採集にちかいですね。
縄文人って、ヒマだったって、聞いたことがありますが、縄文式はたのしいですね! 文明は、人を幸せにしたか? って思いますねえ。